file.11『半人前一卵性双生児』



ある辺境に

双子の魔法使いがいました。

二人は代々優秀な魔法使いを輩出している家系に産まれました。

と、同時に

二人は一つずつ、欠点を持って産まれてきました。

姉は心臓に、妹は脳に、欠陥を持っていました。

両者共、血管が細く、壁が脆いという先天的な障害でした。

妹は元から大人しい性格でしたが、

障害の所為で後天的に話が出来なくなってしまいました。

そんな妹を気遣って、姉は心臓を患いながらも活発に振舞いました。

妹はそんな姉に感動し、姉の活き活きとした毎日を

そのうち絵として残すようになりました。

姉も妹の描いてくれる絵をいつも楽しみにしていました。


しかし、いつの日か、突然妹が姉の絵を描かなくなりました。

姉にその理由は分かりませんでしたが、他に変わったことは無かったので、

二人は今迄通りの一生懸命な暮らしを送っていました。

唯、妹が一人で何かしているのだけは姉は感づいていました。


そんなある日の朝。

いつもは起こしに来てくれる妹が今日はきません。

姉は不思議に思って妹の様子を見に行きました。

案の定、妹は安らかな寝顔を湛えていました。

姉はほっとして、そのまま妹を寝かせました。

妹はそのまま一日を寝続け

結局目を覚ますことはありませんでした。


姉は3日3晩泣き続けました。

妹はいわゆる脳死状態、

原因は眠っている間の脳血管の破裂。

本人は気付くこともなかったろう、が専門の見解。


なんでもいい。

妹はもう二度とその瞳を開かない。

それにしても何て安らかな寝顔だろう。

きっと最後の晩はそれは楽しい夢を見ていたのだろうか。

今も――――見続けているのだろうか。


それから暫くして、姉は妹の私物の整理を始めた。

妹の部屋から次々と出てきたものは

大量の絵、全てが妹の自画像だった。

妹は姉の絵を描かなくなってから、自らの絵を描いていたのだった。

その表情はどれも美しい笑顔。だが今の妹の顔とは少し違っていた。

姉は知っていた。これはずっと昔、妹がまだ話せた頃。

二人ではしゃいで、笑っていられたあの時の笑顔。

妹は自分が一番幸せだった頃を覚えていたのだ。

そしてどの絵にも


"Thank you my sister.ありがとうおねえちゃん"

"I ♡ you.だいすきだよ"



姉は何も言えずにただ妹の部屋で嗚咽を漏らしていた。

そして丁度、妹が姉の絵を描かなくなった頃、

絶対に開けないでねと言われていた押入れに

姉は手を掛けようとしていた。

大切な物がしまってあるなら、私がそれを、守ってあげたい…。

姉は押入れを開けた―――。


そこには

一面の花畑と

小さな教会と

大きな十字架と

それに向かって歩いている妹の姿が

押入れの壁一面に描かれていた。



妹は一枚の壁画を描き上げていた。

―――妹は自分の死期を感じていた?


姉は遂に大声を上げて泣き崩れてしまった。

絵の中の妹はどこまでも幸せな顔をしていて。


姉はその晩、目を覚ました。

胸にある、嫌な感覚。

これが…妹にも?


10日後、姉は一つの決断を下した。

二人が一緒に生きて往く方法。

それは臓器の移殖。

妹はあの日から変らず安らかな寝息を立てている。

頼れるものは、自分の魔法唯一つ。

これの鍛錬だけはいつだって欠かしたことは無かった。妹と共に。

しかし、人体解剖、臓器摘出、移殖、縫合の魔法。

全てがぶっつけ本番だった。

私にできるのか…自分に流れる魔法の血に自問する。

やるしかない…我が家系の血、侮ってくれるな、

多少の問題なんて、神技で乗り切ってみせる!

妹は―――こんな身勝手な姉を許してくれるだろうか。

全てが自分の都合中心でしかない。

しかし、このままの二人に残された時間は僅かなものだった。

姉は遂に妹に術をかけた。

痛覚を麻痺させる魔法、続いて自らにもかける。

姉は妹の上着を脱がせた。

初めて見る妹の体、綺麗な肌、成長した肉体。

左手を妹の左手と繋ぎ、

妹の胸に置いた右手の指先に魔力を込める。

今ならできる、今私は一人じゃない。

ゆっくりと妹の胸を開いてゆく。

妹は身体の中も綺麗だった。

そして中核より拳大の心の臓が取り出された。

まるで宝石のような、ガーネットのような、石榴のような。

続いて自分の胸を開く番。

手順は丸っきり同じ。

作業中はまるで妹の身体を開いているかのようだった。


ただ唯一異なっていたのは取り出した自分の心臓が

それはそれは頼りなかった。



悠長なことはしていられない。

早く妹から賜った命の欠片を自らに繋ぎ止めないと

みるみる視界が霞んできた。

何しろ今自分には心臓が無い。

急いで自らに移殖を施す、焦燥感は無い。

視界が白くなるころにはなんとか開いた自分の胸まで縫合し終えていた。

事の終わりに、二人の身体に傷痕は一つも残らなかった。

二人の魔法は完璧だった。

術後の妹の顔は血の気が引いてしまっていたが未だ安らかな寝顔だった。

ただ、もう寝息を立ててはいなかった。




姉は妹の亡骸を家の伝えになぞり

幻葬した。

その晩。

姉は自分の内から妹の声が聞こえたような気がした。


"私だって死にたくなかった"

2005, 8/3








そういえば

さる優秀な魔法使いの家系を次ぐ双子のことですが、

彼女等の家系では

裏の儀式の一つに、

母体に双子の魂が宿った時、

予め胎内の胎児に魔法をかけ

先天的に障害を持って産まれてこさせるという

狂気の儀式があったそうです。

勿論その目的は将来、

強い魔の血を引く二人の血筋を

一つにあわせる事で

より大きな魔力を持った存在とし

より偉大な血筋として後世に伝えていくのだそうです。

ちなみにあの家系の母体に双子の魂が混在する確立は

数世紀に一度、無いそうです。

こんな歴史を一体何年、そして

これからどれだけ伝えられてゆくのでしょうか。


今でもあの二人は元気に辺境の空を

飛んでいるそうです。

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