file.14『Blood of mercury





一匹の不幸な悪魔が生まれた。

個という存在を得た新たな一つの純粋な命。

あとはただ、悪魔という宿命に彩られ

その純潔を黒く昏く堕とすのみ


の筈であった。


宿命に身を委ね縛り付けられる事がどれだけ楽なことか知らず。

純潔の精神が黒く染まり切らなかったのだ。

結果、一つの生命体の内に二つの次元が存在してしまうことになった。

白く貞潔な精神と黒く禍々しい精神。

やがて其れははっきりと人格として形成されていった。

…最悪なことに、相反し合う人格として。

そこから彼女・・の地獄が始った。

多重人格を自覚した頃から次々と人格は増え

一時は千をも越した。

自我を保てず不安定な精神の中

その少女は発狂も心の崩壊も許されなかった。

悪魔という種はそれしきのこと・・・・・・・で到底死ねるような器ではなかったからだ。

日を増して増幅する少女の苦しみと世界への憎しみと怒りを見て、

他の悪魔達は考えた。

結果は彼女を幽閉、事実上の結界に封印するということだった。

自分達に火の粉が飛ぶ前に少女のことをこれっきり・・・・・の亡き者にしようとしたのだ。



悪魔達は少女を東の国のとある辺境の館に閉じ込めた。

少女は

喉を掻き毟り

血反吐を吐いて

その身体を白と黒の血で染め上げ10年が紡がれた。



―――昏く冷たい館の中で

少女は座っていた。

向き合うように一体の人形デクが座っていた。

しきりに少女はその人形デクに話しかけていた。


―――そもそも館というには広すぎる建物だった。

まるでそのむかし、それは悪魔城であったかのような内装だった。

少女にとっては鋼の牢獄となんら変わりはないのだが。

何千もの狂気の蠢く体を引きずり

少女は館を歩いた。

少女の歩いた後には白と黒の見事な絨毯・・が引かれていった。

日中すら陽は差し込まず誰も存在ないと想われた館で

少女は打ち捨てられた一体の人形デクを見つけたのだった。


少女はただ話を聞いて欲しかっただけであった。

自分の境遇を恨み世界に撒き散らすのではなく

自らの苦痛を誰かに聞いて欲しかったのだ。

そうすれば"自分"は"私"でいられた筈だったのだ。

しかし彼女の周りにいた悪魔達は

彼女から眼を背き

言葉には耳を塞いだのであった。


―――彼女は物になら迷惑もかかるまいと

その日から人形デクに話を聞かせ続けた。

自分の内に数千の人格を有することは悪魔であっても彼女には・・・・想像を絶するようなことであった。

しかし話を聞いてもらうにしても相手に人間はおろか悪魔でさえ

彼女の狂気と同じ空間を共有することは大変危険が伴うものだったのだ。

悪魔に成り切れない優しさの彼女はどうにか相手に危害の加わらない方法を考えていたのだった。



―――はじめましての自己紹介から始り話を聞かせ続け100年が過ぎた頃。

永い月日を共にした人形に

魂が宿り動き出してしまった。

少女は驚いたが今更百年も話し相手になってくれた人形を他人とは想えず

まるでもう一人の人格わたしのように感じていた。

少女は"もう一人の私"という証明の意を込めて片目をえぐり人形わたしに贈ったのだった。

人形わたしは戸惑いながらも悪魔の敬意に感動し喜んでくれた。

しかしここにきて少女は話し合い手が居なくなってしまったことに気が付く。

もう無機物ものでなくなった彼女・・に迷惑は掛けられない。


しかし"人形わたし"は言ってくれた。

”これからもずっと話を聞いてあげるから心配をしないで”

”だから貴女はいつまでも優しい悪魔あなたでいて”

と。



少女は無くなった右眼から涙を流し

いつまでも二人抱き合っていた。

少女は私に”自分と同じ”という意味を含んだ名前をつけた。





それから更に数世紀経った現在の辺郷の館。

既に殆どの人格は統合され、そのそれぞれを支配できるまでになった彼女は

沢山の下僕を従える強大なデーモンルーラーになっていた。

今でこそ昔のような純潔さは悪魔的に塗り替えられてしまっていたが

いつまでも変わらない想いを抱いて館の君主として君臨している。

あの時少女を封印した悪魔達に今の彼女の優雅な暮らしぶりは想像できないだろう。



……季節がくれば館の周りの畑にくりだす。

畑で出合った旧い案山子かかしは良く働いてくれている。

…そろそろ石榴の季節。

また紅茶に淹れて、最愛の人と楽しもう―――。


あれからいろいろあって彼女は右腕も失っていたようだが
彼女は不幸だった自分の境遇こそが至上の幸せだったのかもしれないとこう云う。

『我を創り賜うた天よ、神よ、悪魔と天使を創り間違うのはこれを最期に・・・・・・してくれ賜え』と。

2006, 1/1

inserted by FC2 system