file.3『死亡恐怖症ネクロフォビア生体風琴オルガニック・オルガン



ある時代ある戦場に一人の従軍看護役の少女が在た。
少女は極度のネクロフォビアで
戦場でいつ失うかも分からない己が命と情緒を
今正に消えんとする命の灯火を手当てすることで平静を保っていた。
と同時に眼前で消え往くヒトのイノチを目の当たりにする度に
底知れぬ死の哲学の恐怖を毎晩吐き気を催す程に苦しんでいた。

そんな時彼女はきまって教会にいる知り合いで仲の良い聖歌隊に
唄を聞かせてもらっていた。

ある時国の司教に少女は秘密に呼び出され
不死身になるという薬を持ち出された
“君のことはよく聴いている、素性の分からない物だが試してみる気は無いかね”
少女は一瞬の躊躇もせずに薬の服用を申し出た。
其の薬がどんな薬なのかも知らずに…。

司教の下に運ばれてきた薬とは
完璧なる蓬莱の薬とは言い難い不完全な妙薬であった。それは司教も知っての事。
そのうえで少女に不完全な蓬莱の薬を与えた結果。

少女は一瞬、妙な感覚に襲われた次の瞬間。
体中に深い亀裂とも呼べるヒビが幾重にも走り、その体は粉砕され灰になってしまった。
“やはり紛い物の不老不死の薬などこの程度か…”
少女は知り合いの教会地下に埋葬されその人生を終えた。
親友であった聖歌隊員達は酷く悲しんだという。


月日が流れ死んだ筈の少女は意識を取り戻した。
灰になった筈の体はヒトの容に戻っていて、厳密には
死の灰を媒体にし少女は不完全な不死身と新しい人生を手に入れたのだった。
不完全な蓬莱の薬は半分だけその効果を発揮したのだった。

少女の埋葬された棺桶は蓋が開けられ地上へその姿を晒していた。
そして棺桶の周りには親友であった聖歌隊のメンバーが折り重なるようにして息を引き取っていた。

戦争は終わっていたがそれはそれは凄惨な終わり方だったという。


少女は聖歌隊の亡骸をばらし巨大な風琴を組み上げた。
そして廃墟と化した教会の地下はカタコンベで
少女は毎夜聖歌隊の皆と鎮魂歌を歌っている。
二度と日の光の下へは出れない身体になってしまったが
少女にとってそれはそれで充実した日々を過ごしている。

戦時中、戦闘が激化し少女が一番多忙に追われていた頃。
彼女は夜鳴鶯(ナイチンゲール)とも呼ばれていた。

2005, 5/29

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