file.9『畑と少女』



時は中世。

地方のとある貴族の農奴としてその少女は居た。

当時では珍しく貴族と農奴という身分の差を隔てず、彼女は

その貴族の当主と慎ましやかな日常を送っていた。


唯一。少女は持病で発作を持っていた。

少女の発作に欠かせないクスリは当主が大事に保管していた。

ある日、当主は国の命を受け暫く邸を空けることになった。

長い間、発作の起きていなかった少女は安心して留守を任された。

…だからこそ、用心して少女にクスリを渡しておくべきだったのだ。


当主が邸を空けても少女は畑の手入れを欠かさない。自分は農奴の身分である。

それに加え、いつでも当主が帰って来れるよう、邸の手入れもしなくてはならない。

―――もうすぐ、収穫の季節。

少女は当主と一緒に作物の収穫をすることが何よりの楽しみだった。

少女は、苦労してはいたがそれはそれは充実していた。


そんなある日のこと。

怖れていたことが遂に起きてしまった。

少女がいつものように畑で作物の手入れをしていた時。

不意に少女は想い出したくない感覚に襲われる。

はっとして少女は胸を押さえたが其の刹那。

内側からこみ上がって来たモノが口内に鉄の味を広げる。

次の瞬間、畑に血の花が咲いた。

少女もまさか、まさかこんな時に発作が起きるなど想ってもいなかった。

急激に視界が擦れ、少女はその豊饒なる土の上に倒れていた。


彼女の発作は恐るべきものであったがクスリを飲み続けることにより

容態を立て直して現状を維持させて往くことはできた。

…クスリを飲み続けることにより…。


よく手入れのされた良質の土の上で少女は

体感するのはもっとずっと先であったろう底無しの恐怖と

考えたくない結末を段々と確信していた。

手を伸ばしてみても邸は遠く、擦れて見えた。

自分の体温が感じなくなってきた頃、

少女は確信した。

少女は空を仰いだ。

紺碧の空と、真っ白い雲が素晴らしいコントラストを演出していた。

あとどれぐらいの時間、この景色をみていられるのだろう。

そう想うと、こみ上げて来る涙が止まらなくて。

それは確かに少女にも温もりを伝えていた。

世界はこんなにも美しくて…残酷で。

少女の体温は既に大気と変わらなかった。

滴で曇っていた少女の目には

最期に真赤な花が彩られていたが

やがて何も見えなくなった。




何も知らない当主が邸に帰ってきた時には

少女は冷たい土の下だった。

2005, 7/13

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