2004/3 20
『冷たい鋼』
―――――少女は夢を見ていた。
ミッドガルドという大陸で
己を鍛え、
魔物を倒し、
友人との楽しい会話をする
そんな日々の繰り返し。
ずっと覚めないと想っていた。
“ラグナロク”
―――――――――――――これもまた夢?
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『・・・私、夢をみていた?』
少女が目を覚ます。ゆっくりと辺りを見回す。
『これもまた夢?』
少女は顔に手をやり考える。
『私、何の夢を見ていたんだっけ・・何か、楽しい夢・・・・・―――――』
少女は自分の見ていた夢を想い出せない。
『ミ・・・・・ミッド―――駄目だ、想い出せない、想い出せないや』
『とても楽しい夢を見ていた気がする』
少女は辺りが自分の知らない場所であることに気付く。
『―――――ここは?』
『そうだ、私・・・・・・夢、夢の中で誰かを探していたんだ。とても大事なヒト、急に消えてしまって、とても寂しくて、必死に探して、見つからなくて、でも必死に探して、探した、でも駄目だった』
『本当は気付いていたんだ、ほんとはもう私と同じ世界にアノヒトはもう居ないんだって』
『とっくに、気付いていたんだ』
『とっくに――――』
空、空気、自分の姿、格好がいつもの知っているモノと違う。
『夢の中じゃない、でも目が覚めた訳でもないみたい・・・・これもまた夢?』
『この世界は?――――――』
少女が空を仰ぐ。
『探さなきゃ、アノヒトを、夢の中で出会って、私に優しくしてくれた、アノヒトを』
『探さなきゃ、アノヒトを、夢の中で失った、私が助けられなかった、アノヒトを―――――』
『この“世界”でなら、アノヒトと出会えるだろうか?―――――』
――――――――――――ここは、シィルツ。
“世界”は彼女を迎えた。この世界は人々が生活し、『バイル』と呼ばれる魔物が存在する。
人々はバイルの脅威に晒されながらも生涯を懸命に生き、子孫を残す。そんな中世界を旅し、バイルを祓い、人々から依頼を受け報酬を得、生計を立てるといった冒険者も多数存在した。
『世界を探さなきゃ、アノヒトを探す、探すんだ。・・・・力、強く、強くならなきゃ』
『夢の中で私・・・・アサ・・・・・・・・・・シ・・駄目だ。想い出せない』
――――少女は“剣士”の運命を選んだ。
バイルを倒し、一定の経験を積んだ者は特色のある職業に付くことができる。
少女が剣士になるための修練をうけに民兵隊を訪れた時。
『君、“剣士”になりたいのかい?みたところまだ若いのに、色々とあるんだろうな。まぁ君みたいに若いうちから勇んで冒険者になる者もよくいるよ』
―――民兵隊受付の男が訊ねた。
『――――君、名前は?』
『えッ・・・・・・・』
『私の・・名前・・・・・・・・・・・・』
『・・かげ・・・・・・・・・』
少女は自分の名前をはっきりと覚えていた。
『――――――私は“影棺”』
――――――――――――彼女は“影棺”
彼女は剣士になってからもただひたすらに己を鍛えた。鍛錬を積むうちに彼女は剣士としての技能的才能を次々と開花させていった。・・だが、彼女はその才能を伸ばそうとは想わなかった。必要最低限の基本中の基礎だけ、信じるものは己の剣と鋼の自尊心だけであった。想いビトに逢うため、ひたすらに己を鍛えた。つねに新天地を目指すことを心がけ、精神と意志とを冷たい鋼に変え、自尊心を牙のごとく研ぎ澄ました。どんな強力なバイルと渡り合い、牙が折れても、精神(ココロ)が折れた戦いは一度たりともしなかった。
しかし
彼女はひとりだった――――――。
他人を遠ざけ、夢(過去)とも決別し己の血を水銀のようにしてまで望み唯一つ。夢(過去)との再会であった。
彼女の鋼には生半可な感傷程度、まるで意味を為さず。
幾千ものバイルを屠ってきた手を見つめふと彼女がぼやく。
『ひとり―――――――はは、前(夢)にもこんなことがあった気がするな』
『―――――――――――――――――早く、逢いたいよ』
・・・彼女には、“名前が”なかった。其は個人を識別するものではなく、世間は彼女の存在を、そこに在(い)るということを知らなかった。冒険者は民間から依頼をうけ任務を遂行する、したがって自分の名はそのうちにでも各方面に知られていくこととなる。―――――彼女は己の目的以外に決して刻を割こうとは想わなかった。誰もが“一冒険者”と認識はできても“影棺”と判る者は居無い。
彼女は―――――――――気付いているのだろうか。己の求める者が、夢のままの顔貌であるか、失ったときのままのアノヒトに逢えるのか、他人を遠ざけ自分を世界から抹消し、過去と決別した彼女自身をアノヒトは受け入れてくれるのか・・。
―――――――――――彼女の手はまだ、幾千ものバイルを屠る。
この世界に彼女の名は無い。
―――――to be continued?