2004/3 28

『冷たい鋼』Vol.2
※前回の分を読んでおいたほうが無難?





――――民兵隊の町『ライム』。

この町は昔、幾度となく押し寄せて来るバイルに対抗し市民が互いに武器を取り合い、民兵隊を結成し、襲来するバイルを撃退したということがあまりにも有名な町である。
今でも民兵隊は健在で、そこでは冒険者の“剣士”になる試験も行っている。
やや北の大陸に位置する決して大規模な街ではないが、朝昼晩を問わずに常に町の人と冒険者達や露店等でにぎわっている町である。


―――そんな町の酒場での御話。


民兵隊町ライムの酒場――――其の日は小雨がちらつく、そんな日であった。
店内ではこの天気のせいか、珍しく客もいつもの半分ほどしかなくまた客の客気もこの天候をあたかも楽しむような、静かでしっとりとした、そんな雰囲気だった。

そんな日の、そんな酒場の隅に一人、カウンターについている少女。
小雨の中傘も差さずに来たのか、まだ濡れている上着を座っている椅子にかけている。
彼女の傍らには彼女の獲物と見られる深紅の大剣が立掛けられている。

―――――彼女も冒険者。

カウンターの上には彼女の物と思われる薄蒼色のグローブが置かれている。まだ完全に乾いては無く、鈍く冷たい光を放っている。出で立ちから見てもまず初心者の冒険者には見えない。
彼女は一人、水の注がれたグラスを片手に水面の彩りの移ろいを眺めていた。

酒場には町の住民や他の冒険者達がこんな日に相応しい話で各自、盛り上がっている。

普通こんな小雨の日、店に来た町人なら、割と名の知れて経験を積んだ冒険者が店内に居れば旅の武勇伝の一つでも聞かせてもらおうと同じ席のつき小話の一つでも始めようものである。―――現に店内ではそういった光景が見受けられる。

だが彼女は一人何を想っているのか視点の定まっていない虚ろな紺碧の瞳で、一人グラスの水面をぼんやりと眺めている。バーテンすら彼女に言葉をかけない。

――――誰一人として彼女に声をかける者は居ないのか?
もしや、誰一人彼女に気付いていない――――?

一目見ればすぐにでも目に付く強烈な出で立ち、其れに相反する誰も彼女を気に止めすらしない店内の人々。

相反する二つの次元。

さらさらと音を立てていた小雨が次第にサ――ッと雨足を強めてきた。人々が其の事に気付いてきた丁度その時。

『ぅあ〜〜、急に降りが強くなるなんて〜』

ばしゃばしゃと雨に濡れた地面を急ぎ足で走って来る音が聞こえる。次の瞬間酒場の扉が開かれ一人の少女が店内に入ってきた。

『ぅあ〜・・・小雨なら何とか修道院まで走って往けると思っていたのに・・。ライムに寄る予定は無かったんだけどな・・』

店内に入ってきた少女は大分雨に濡れてしまったようで、店の入り口付近でぱたぱたと衣類に付いた雨雫を払い、頬についた水滴を拭った。其の様子を見たバーのマスターが彼女にタオルを渡す。

『お嬢さん、早くこれを使って拭いて。早くしないと身体が冷えますよ、ささ、どうぞ奥へ。何か暖かいものをお出し致しましょう』

『有り難う』

其の少女はその場で一通り衣類を拭いた後、丁寧に自分の髪を拭いて店内を進みだした。
各席で談合をしている客の中に幾人か知人が居て、簡単に挨拶を済ます。ひとまず座る席を探しているとふと店内の隅に一人で居る少女に気が付く。少女はその少女に近づいて往き、なにとなしに話し掛けた。

『こんにちは、隣いいかな?』

話しかけられた少女は眉一つ動かさず、グラスの水面に向けられていたその紺碧の瞳だけを彼女の顔に焦点を合わせる。だが、それでもどことなく彼女の瞳はどこかぼんやりと虚ろに相手の姿を映していた。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は話す事など特に無いよ。私はアノヒト以外のニンゲンには興味が無い』

表情一つ変えず言い放つ紺碧の少女の言葉をどうともせずに少女は次に彼女の傍らに携えている深紅の大剣に眼をやる。

『わぁ・・・・すごい豪剣を持ってますね』

『・・・・・・・・・・・・・・・』

彼女は屈み、紺碧の少女に尋ねる。

『ね、触ってみてもいいですか?』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

紺碧の少女は何も答えない。

『この剣、触ってみてもいいですか?勝手に触って私の手が切れちゃったら怖いですし・・・』



『・・・・・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・・・・・』

少女は紺碧の瞳をじっと見つめ返事をうかがっている。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうぞ。私の剣は特別切れ味が良いモノじゃ無い』

『ありがとう』

少女はにっこりと笑い、傍らの大剣を手に取る。

『わぁ・・・・凄く重い。』

『・・・・・・・・・・・・・・』

相変わらず紺碧の少女はグラスにその瞳を向けている。

『この剣は・・・・“熱血大剣”ですね、“剣士”なら誰もが一度は欲する豪剣。・・なのにこの剣はそれだけじゃない・・』

『・・・・・・・・・・・・・詳しいんだね』

『―――――私も冒険者ですから』


―――――彼女も冒険者。

紺碧の少女の持っている大剣“熱血大剣”・・・・・この剣、よくよく見てみると刀身や柄から細かい粒子のような“砂”が尽きることなく零れ落ちている。

『この砂・・・・暖かい。』

少女は剣より零れ落ちる砂を手にとってみる。さらさらと手に落ちる砂はそのまま手からも零れ落ちて地面に着く前には空中で掻き消えてしまう。

『“土の大剣”・・・か、ここまで間近で触れる機会は初めてだなぁ』

『・・・・・・・・・・・・・・』

あくまで自分からは語ろうとしない紺碧の少女と大剣をと見比べて少女は苦笑する。

『ぁはは・・・“熱血”か、君とはまるでタイプが違う剣みたいだね』

『・・・・・・・・・・・・・・』

『君はいつもそんな感じなの?見たところ、“名も無い”ように見えるけど、その鍛錬された身なりでじゃ相当な訳ありだと思うなぁ』

『・・・・・・・・・・・・・・』

『――――君、寂しくはないの?』

『―――――――――・・!』

『そんな、自分の存在を世界は知らないなんてそんな世界・・』

『寂しくなんかない!』


『!』

紺碧の少女が遮る。

『サビシクナンカナイ・・・寂しくなんか無いんだ・・・いつでも私の内にはアノヒトがいてくれたから・・・アノヒト・・探すんだ、この世界で・・・・・・』



―――――――――――――――――――――



少女ははっとする。酒場に居た人が全て此方を見ている、しかしそれはあたかも“今までそこに居たのか?”といった面持ちである。





――――――――――人に見せたことの無い内側の自分を見られた――――。

紺碧の少女は何も言えなくなって黙り込んでしまった、
しかしそんな彼女を見て少女はふっと優しい表情になり彼女の胸に手を置く。

『ッッ―――何を!!?』


『なんだ・・・・ちゃんとここに熱いもの持ってるじゃない』


『・・・・・・・・・・・・・!!』
紺碧の少女の頬がみるみる紅潮してゆく。

『貴方の言葉を聴いて判ったの、貴方の憂いが。もうすぐこの世界が終わる、仮世界運行期間がもうすぐ終わる』

『・・・・・・・・・・・・・』




――――――――人々は生きてきた。
今日という日を明日に繋げ、
あくなき希望を未来へと馳せてきた。

だが其がもうすぐヲワル。
――――――to be continued?

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