2005年の元旦に挙げた"世捨て人"のお話です。
位置づけが怪しかったので番外扱いとして持ってきました。

指摘された部分や今見ると稚拙な箇所もあったので
少しだけ、手直ししてあります。


――紅と白い夢――

……私は浮世を離れ世捨て人になった。

不景気なこの世の中。勤めている会社はいつクビになるかわからない。

毎日の上司からの厳しい叱責。数年前に妻子にも逃げられた。

もうこれ以上失うものもない。少なくとも、もう私には何も残ってはいないのだ。

ある朝私はいつもの出勤の身支度を整えたあとそのまま会社には出社せず、


家を、地位を、都会を捨てた。



何処に向かうかなんて当ては最初から無かった。ただ何処かに消えてしまいたかった。

出勤鞄と僅かばかりの金を持って、其の日私は世を捨てた。

電車に乗りただひたすらに都会から離れた。今までの自分と決別したいのか私にも解らない。


もっと、遠くへ―――。



終点に着き、更に地方の電車に乗り変える。もっと遠くへ―――。

金が底を尽く頃には全く知らない地方田舎の駅で私は下車をしていた。

私は歩いた。止まっていてももうどうしようも無い、私はひたすらに歩き続けた。

不思議と疲れは無い。不安な気持ちはまだあったが後悔の念は無かった。

私は山道へ足を進めた。何も考えずにここまで来てしまったが私には到底樹海で首をくくる程勇気は無い。

ただもっと人の居ない場所へ、死ぬことに恐怖は無かったがまだ自分で自ら死ぬ気は無い。

ただ無言で山道を進み続ける。いつしか進む道はもう道ではなかった。

流石に歩む速度が落ちてきた頃、日が傾き始めていた。私は野宿することになるのか、こんな山奥で。

道無き道を進んで往く途中、小川が流れていた。小川が流れている、ここは何処なのか。

私はその小川に空になった財布と携帯電話を投げ捨てた。こんな不粋な物はもう必要無い。

持っているものは鞄のみ。木の根につまづき靴が片方脱げたがそのまま履き捨てた。

日もすっかり落ち目の前が段々と暗く見えなくなってきた。

しかたなく急ぎ足で割りと開けている場所を探し野宿をすることにした。

手ごろな石かそこらに腰掛けた途端、急激な疲労感に襲われた。やはり私も人間だ、しかももう若くは無い。

地方の山の夜は気温が大きく下がる。しかも今の季節、このままでは耐えられそうに無い。私は火を探した。

ポケットにライターがあった。タバコは二年程も前にやめたが今だに持ち歩いていた。自分の意志の弱さに苦笑いする。

火にくべるものはそこらの落ち葉でも良かったがもっと最適な物があった。

鞄を開けて見たら会社の書類が山のように入っていた。自分の用意してきた物につくづく苦笑する。

書類を火種にして辺りから枝を適当に見繕ってきて焚き火をした。

辺りは真っ暗になっていたが焚き火の周りだけは明るく温かかった。帰り道などとうの昔に分からない。


…暖はとれたが次に疲労と空腹が私を襲った。最期に物を口にしたのは家を発つ時口にしたコンビニの弁当だった。

流石にもうどうすることもできず寝ることにする。

落ち葉を集めその上に寝そべり上着を布団代わりに掛けた。鞄を枕代わりに使う。

今何故私がこのような状況に置かれているかなどもう忘れてしまったしどうでもよかった。

このまま眠りに着き焚き火が消えれば私は楽に死ねるだろう。もうそれでよい。なにもかもがそれで終わるのだ。

よくわからなかった一日だったがもうどうでもいい、心地良い眠気が来て目蓋を閉じると共に意識も閉じた、

私の人生も―――。


――――――――――



だが、私は死ななかった。

私は目が覚めた。…おかしい。確かに焚き火は消えていたのだ。

運良く昨晩はあれ以上気温が下がらなかったのか?どちらにせよ生きて目を覚ましたのだから仕方が無い。

私は辺りを見渡してみた。まだ早朝だろう、空は薄らと白みかけており、辺りには朝霧が立ち込めていた。

霧により視界は悪いが昨晩の暗闇よりは断然ましだった。

辺りは昨晩見えていたよりも随分と開けているようだ。ふと私は茂みの奥に不自然なものを見つける。

其れは石の階段であった。こんなところに石の階段が、なぜ――――

私は上着を着て鞄を持ち石の階段の前まで歩いて行き、上を見上げる。霧がかっていて先はよく見えない、長いのか。

気が付くと私は階段を上っていた。睡眠を取った為か昨晩の疲れは無い。流石は人間。

空腹のほうは寝起きだった所為か、よくわからなかった。無心で石段を上って往く。

随分石段を上ったような気がしたが実際のところはよくわからなかった。

…永遠とも想えた石段であったがそれにも終わりが来た。何事にもいつかは終わりがくるものだ。人の人生も。

上りきった先は下の時のように開けた場所にでた。

霧の向こうに何か―――大きな物が見える。―――あれは建物だ!

目を凝らせば何であるかも解った。あれは鳥居だ!その後ろには神社が見える!

なんでこんなところに神社が―――

次の瞬間に私は言葉を失う。―――人が居る。神社の前にヒトが――――

少女だ!こんな山奥の、それこそ人も居ないような辺境の山奥に神社が、少女が居たのだ!

私は一歩歩みを進めようとして、再び言葉を失う。そして持っていた鞄を手から落とす。

手から落ちた鞄は一度石段に当たりそのまま今来た階段の遙か下へ、深い霧の奥へと自由落下していった。

少女は宙を浮いていたのだ!

私は言葉を失いその場から動けない。其の少女はなんといったか―――

―――そう、あの格好は、巫女だ。

山の中の神社に巫女と出遭ったことにも驚いたがまず私は宙に浮いた人間というものを見たことが無い。

そんなもの、せいぜい漫画やTVの中だけの空想の産物だと自分で決め付けていたのだ。

現に少女が宙に浮いている。少しの不自然も無く宙に浮かんでいるのだ。まるで水に浮いているような。

少女が振り向き、こちらに気が付いた!

其れは整った綺麗な顔立ちと表情で不思議な雰囲気も相まり私はまるで天女か天使を見ているのかと錯覚した。

少女は宙に浮遊したままこちらに進んでくる、ふわふわと、ゆっくりと。

私の内で不安、期待、恐怖、興味、あらゆる感情が沸いてくる!

少し進んだところで少女の唇が動き言葉が発せられた。

それはちゃんと我が国の言葉でなんの変哲もない台詞であった。


???『―――あら、こんな処に人間がいるわ。珍しいわね。』



凛とした透き通ったような、はっきりとした声だった。

私は夢でも見ているのか―――。呆然と立ち尽くす私を尻目に少女は言葉を続ける。


???『…あら?しかもよく見たらあなた、昨日うちの神社の階段の下で野宿してた人じゃない』



!私は昨晩寝ている間にこの少女と既に会っていたのだ!


???『まーよく生きていたわね。』
『丁度私が通りかかった時焚き火が消えかかっていたから薪とよく解らない紙をくべておいてあげたわ。』
『まぁでも寝た場所がうちの神社の前で運が良かったわね』
『もう少し離れた場所だったら今頃あなたは物の怪達の腹の中ね』



…この少女は何を言っているのだ?わからない。

まてよ、もしかすると私はこの少女に助けられたのか?


???『う〜ん、格好を見る限りでは近隣の村の人じゃなさそうね』
『ま、世捨て人ってところかしら?』
『このまま放って置いてもいいけど寝覚めが悪くなるのも嫌だから、
もし死ぬ気が無いなら近場の村くらい紹介するけど?』



驚くほど少女には余裕があって私には驚くほど余裕がないのに気付いた。


???『ちょっと、そこでぼーっと突っ立ってないで、何とか言ったらどう?
それともあなたが境内の掃除の手伝いでもしてくれるのかしら』



私はこうして少女と会話、いや実際は彼女が一方的に話しているのだがそうしている間に

私の中の何かが変わっていった。

今の私は興味と希望に満ちている。自分の哲学の及ばないものの存在を知った。

昨日までの私はどこにもない。

私が一言も発せられずにいるのに少女は少し言葉を荒げた。

???『あー、もう!面倒くさいわね、ただでさえ今あいつ・・・が居て立込んで大変だっていうのに。
そこのあなた!ここから西に随分進んだ処に小さな村があるわ。
住人があなたを受け入れるか知らないけど、あとは一人でよろしくね』

少女がそう言った瞬間、辺りの霧が凄い勢いで濃さを増して神社、鳥居を隠して少女を飲み込んだ。

ま、まってくれ!まだ何も話していないじゃないか!大体まだ君の名前すら聞いていない!

…それにこの場所には私と少女以外に誰が居たのだろう。

私はやっと動けるようになって少女の居た方へ走り出した、今になって声が出る自分が恨めしい。

私は前もまともに見えないような深く濃い霧のなか無我夢中で少女を追った。

やがて深い霧にも終わりが訪れる。そして霧の終わりに私は愕然とする。

そこには火の消えた焚き火跡があった。昨晩私の野宿した場所だ!

馬鹿な。いつあの永い階段を下ったのだろう。私は自分の上っていった石階段のあったほうに目をやった。

そこは草が生い茂り、階段など何処にもなかった。行って確かめてみてもただ深く草が生い茂るばかり。

まるで始めから何もなかったかのように。

――――――私は、夢を見ていたのか?

時間は大分過ぎていた。空も先ほどより大分明るくなってきており、空に見える星もほんの僅かばかりだ。

私は夢の中(?)で少女に言われたことを思い出した。ここより西に村があるらしい。

私は殆んど明るくなりかけている空を見上げた。

学生時代に天文学部にいたのが幸いしてかなんとか今の位置方角を知ることができた。

往くしか無い。今の自分はなんでもできそうな気がした。疲労も空腹も今は微塵も感じない。

西と判断した自分を信じて私は歩き続けた。

それにしてもあの少女は一体何だったのだろう。一体――――。

…名前こそ聞きはしなかったがちゃんと少女の顔貌を私は覚えている。

生涯忘れないだろう。それはまさに――――。



――――それはまさに『そこの紅白!』といった感じだった。



やがて、小さな村が私の視界に入ってきた―――――――――――



2005, 1/1

“A Happy New Age”




〜編集し直してちょっと一言〜

どうでもいいことなんですが一部執筆の仕方に
アガサ氏の『そして誰も〜』っぽい匂いを感じました…。
色々と影響されてるなあ(苦笑)

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